アラフィフにして惑う

~趣味のことやら日々のことやら~

生きづらさについて(その1)

 私、「発達の偏り+気分の浮き沈み」という重りを抱えて生活しています。発達の偏りからくる「なんか人と違う」、「俺、おかしいよなあ・・・」という感覚は、小学生の頃に、すでにありました。気分の波も高校1年の頃には出ていました。

 しかし、当時は発達障害の存在自体がほとんど知られておらず(大学の講義で、学習障害というものがあると聞いた程度でした)、気分の波は親に「辛い」といっても「気のせい」で終わりにされ、治療も支援も受けられないまま、何とか努力でやりくりし、生きてきました。

唐突に道端に実っていた謎のプチトマト。何となく同じ異端児のにおいを感じ・・・

 30代半ばで仕事のトラブルから抑うつ状態になって、気分が沈む部分だけは少し早めに手を付けられましたが、発達の偏り(=発達障害:私の場合はADHD)の診断を受けたのは40代も半ばになってからでした。

 それなりに努力して、社会に紛れ込めるようにはなりました。職場でも、苦手はありつつも、得意な部分で認めてもらえるようになりました。でも、紛れ込みつつもうまくいかない、何か社会と折り合いがつかない感じを時々感じ、転んだりしています。

 きっと同じような辛さを抱えた人もいるはず。どこかに、当事者同士だからこその話しができるところがないかなぁと思うのですが、気軽に行ける範囲では、見つからないのです。どこかにできないかなあ、いっそ作れたらいいのかも、なんて思っています。

 これ、最近のわたしの大きなテーマの一つでして、何か思いついたり、書きたいことが出てきたら、また色々書き込もうと思っています。